伝えるということ

小さな生き物を飼って死なせてしまう夢を見た。なんなんだよ。感じなくてもいい罪悪感に苛まれて目が覚めたぞ。

お腹が痛い。

 

言語能力がどんどん低下していく。文章を書いていないせいでもあるけど、人に何かを伝えようとすることに本気になれないからだ。

由々しき事態ですよ。

人にものを伝えるにはまず体力が必要で、それから語彙力、精神力、権力も必要かもしれない。わたしには必要な時に必要なものを引き出せる語彙力がないので、人にものを伝えることが苦手だ。

話して分かってくれる人もいれば、分かったふりをしてくれる人もいて、聞きながら自分の論を展開するのを待っている人(大抵、自分の考えを曲げる気はない。"聴く"というポーズを取っているだけで)や、ハナから聞いてくれない人などがいる中で、自分の伝えたいことを強固に持ち、それを矛盾なくわかりやすく言語化して相手の耳に届け(その過程で誤解が生まれないとも限らない)、相手の論との差異を詰める、という作業、ヤバくない?無理です。

気力がある時はすごく楽しいんだけど。

 

話は変わらないようで変わるんだけど、Twitterでバズっているツイートに必ずぶら下がっているクソリプを読むのが楽しい。

調子に乗った不美人が自撮りを上げたりオタクのイキるさまをすすんで見るのと似ている。臭いものをわざわざ嗅いでウワッ臭い〜!と喜ぶ遊びだ。

クソリプの主は皆一様に、自分のことしか考えていない。私の好きなクソリプは、自分語り系のクソリプだ。元ツイートの中の一部分だけをピックアップし、自分の体験や持論を展開する人間を見ると、あー、本当に他人に興味がないんだな、と思うし、ふだん誰にも相手にされていないんだろうな、と思うし、自分の気持ちを自分の中だけで消化できないんだろうな、と思う。

クソリプ性格診断があったら私も自分語り系クソリプに分類されると思う。あーやだやだ。

他人への興味を適切に表現し、常に相手を尊重し、自己の問題を相手に押し付けない人になりたい。

 

話は変わらないようで変わると言ったが、変わるようで変わらないの方が正しいんじゃないか?と思うくらい同じところに着地してしまった。