好きだと思っていた感情の正体

ある人のことを好きだと思っていた。

可愛くて優しくて、天使みたいな人だ。守ってあげたくなるような抜けたところもあるが、筋の通った人だ。

 

私はその人を独占して、周りの奴らにマウントを取っていたかった。

自分がそんな素晴らしい人の唯一無二の存在であるという欺瞞が欲しかった。

普段の言動で、例えば好きなものを覚えておくとか、誕生日には手間と時間をかけたプレゼントをするとか、もっと日常的な様々な気遣いを放棄して、来るはずもない危機の時には自分の身を呈する覚悟がある、などと宣った。

 

誰に対する好意でも同じだ。

恋人でも親でも。

普段からできる小さな気遣いへの努力は怠って、それでも世界一好きだからとか、いざという時にはとか、極端な選択で相手を選ぶ覚悟を見せつけていれば赦されると思っている節がある。

最低最悪のクズ野郎で、愛なんて語る資格すらない。

結局のところ人生の最後を捧げる覚悟なんか、生活を少しずつ割いてあげることよりもずっとずっと軽い。

そのことに気づくのに随分な時間がかかったし、気づいてからも改められる気がしない。

そのくせ自分が少しでも蔑ろにされると拗ねて怒り出す。

心底自分が嫌になる。

 

頑張り方がわからない。

日々を生きてごく限られた人に愛情を向けるのに精一杯だ。

それが私の器だからそれ以上は望むなということなんだろう。

 

理想と現実が遠すぎるな。四半世紀も生きているのに。