日記とは触発されて書くもの

Twitterで相互になって、ほとんど絡まないが惰性で繋がったままの人が手書きで日記を書き始めたらしい。

男性だが、汚すぎず綺麗すぎない文字で出来事を綴っていて、いいな、と思った。

 

私もノートに日記を書いていた時期がある。中学3年の頃だったと思う。

授業中だったり家に帰ってからだったり、とにかくアウトプットをしたかった。

昨日の夜にタイムラインで、中学時代の思い出を語り合った。

中学時代は感情の密度高すぎてしんどかったので戻りたくない、と私は言った。

だけどもし、今の記憶を持ったまま戻れるのなら、中学時代も悪くないと思う。

あの頃よりもう少し見た目に気を使って、コミュニケーションに気を使って、何より14歳だった頃の親友とまた一緒に帰れるのならとても嬉しいと思う。

その時の日記は、しばらくの間毎日つけていたけれど、そのうち飽きて飛び飛びになった。

だけどどんなSNSにも書くことが憚られるようなことは、いまだにそのノートに書いていたりする。なので人に見られたら死ぬ。

 

来月から、地元に帰ることになった。

高校を卒業してすぐ離れた地元は、今帰っても濃密に思春期の頃の匂いがする。その日記のノートを開いた時のように。

大人になった私が暮らすことで、それが薄れていくのだろうかと思うと寂しい。

 

地元に帰ったらまた日記を付けてみようかな。

思い出の中で暮らすのも悪くないと思えるかもしれない。